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一周年♪
 引っ越してきて、1年が経ちました。
 まだまだ、未完成だし片付いてもいませんが、
 あっという間の一年。
 すっかり忘れてたんですが、相方さんが覚えてくれてました。
 今日は肌寒いくらいですが、去年の今頃は、暑くて死にそうな天気。
 とにかく引っ越してきた時は、エアコンがまだ工事に来てくれなくて、
 蒸し風呂状態の家。
 不安でいっぱいだったんですが、ようやく落ち着いてます。
 
 これからも、仲良くやっていきたいと思います!
 
author:me, category:ひとりごと。, 16:37
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祖母の話11
母の声の入ったカセットテープからは
「離婚します。3人の子供に面倒見てもらいます。」と
短かったけど、母の思いが入った話でした。
3人の子供は母にとって、3人の娘ってわけで、
母はまだ妹が亡くなった事を知らないです。
母はくも膜下出血という脳の病気でかなりひどかったんですが、
手術で血管をホッチキスで留めただけの状態です。
ちょっと、心境の変化や心配事だけでも、てんかんを起こします。
なので、妹のことなんて一生言えるわけありません。。

自分の子供の死さえも知らないでいるということは・・・
と考えると可哀想ですが、私達にとって母の存在は大切なので、
エゴかもしれませんが、言えません。。


さて、母のテープと私からの話をいきなり聞かせれた父は寝耳に水状態。
あわわわ。。になってる。
それはそうでしょう。遺産のお金を貰って母の一軒家にこれから
悠々自適に暮らせると企んでいたんですから。。

法的には何の拘束力もないこの話。
でも、ここで押し切らなければ私達の未来は暗い。。
ということで、強行突破!!おば様方の出番です!笑。

父は、離婚届を見て「家に持って帰って考えてから返事する」と言い出した。

!!「今じゃなきゃダメ!!○○ちゃん(母の名)もあんな体やし、
   今なら、再婚だって出来るよ!!早く判子押しなさい!!」

と、うるさい2人のおば様が。。ギャンギャン!!

で・・父も「そうだね。再婚しようかなぁ。。」と乗り気になり、
判子をやっとこさ打ってくれた。。

再婚に目がくらんでという、子供にとって情けない理由を聞かされたわけだけど・・
まあ。。離婚してくれるならええかぁ。苦笑。

とにかく、黙ってここは判子を打つのを静かに待った。。





・・・・よし!打った!!

その足で私達は区役所へGO!!
その日は休みだったので、承認されるのは休み明けだけどとにかく受け取ってくれればこっちのもんさぁ!!なーんて思ったのでありました。
   
author:me, category:ひとりごと。, 16:47
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祖母の話10
考えて・・・両親の離婚を成功させるには。。

その前に、遺産をどう分けるかなど、本を買ってきて、遺産分割協議書を作成した。

父は、お金が欲しいということ逆手にとって、一応遺産は父と母で半分ずつだけど
祖母の預貯金を全部父に渡す。(悔しいけど)その代わり、祖母の家を母がもらう。

だけど、全部お金を渡す代わりに、母と離婚してくれとお願いする。
さて、でも逆切れしたり、後で言った言わないの水掛け論になるのは、
父はお得意だから、先手を打って、親戚が集まる49日にあたる日に
決定!
んで、父が自分の実家に戻ってあることないこと(うそをつくのが得意な父)なので、
ちゃんとまともに話せる父のお兄さんにも来てもらうように頼んだ。

で、お葬式の時には意地悪でうるさいおばちゃん(祖母の妹)達にも立ち会って
もらうことに。うるさいけど、父のことは嫌いだし、
うるさいからこそ居て欲しい存在。笑。

そして、お母さんには、離婚をしたいという意思をカセットテープに吹き込んでもらった。49日の日は結構泥沼戦になってしまうかもなので、
母が具合が悪くなったらいけないので、母は病院に居てもらうことにした。


そして当日
法要の後に、その重要人物?だけが残って、私から話を進めることにした。
父のお兄さんは、法要の始まる30分くらい前に来て、
たぶん私が「お話があるので来て下さい」と電話した時に察していたんですね。
みんなが居ない時(父もまだ来ていない)に話をした。
そしたら「そうですか。わかりました。」といって法要の後、すぐに帰ってしまった。

私から、遺産の話を始めた。遺産分割協議書を出し、説明。
「ここにある通帳がすべてです。」ふんふんと父は納得したご様子。

で、ここからが本題。
「お父さんも長い間、病気で入院してばかりの母との結婚生活本当に大変でした。
 これからは、私達で母の世話をしてきたいと思いますので、
 これからの人生、ご自由にお過ごしください。
 祖母が一生懸命、自分のものは我慢して貯めてきた大事なお金です。
 どうぞご自由にお使いください。
 そのかわり、これを機に祖母との離縁、母との離婚をお願いします。
 本当に今までありがとうございました。母からの伝言です。」


と、そして母の声の入ったカセットテープを聞かせました。

author:me, category:ひとりごと。, 15:48
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祖母の話9
さてどうするか・・・。。
法的にはかなり不利。。

別に父が母のことをちゃんと、看てくれるなら構わないのだけど、
祖母が亡くなる前日に来て「明日来るから」と言ったまま結局来ず、
亡くなって、親戚より最後に葬儀場に到着。
私が生まれてからずーーーとこんな調子で、祖母がずっと尻拭いをしてきた。
少しは祖母が亡くなったら、変わってくれるかなと思ったけど・・・
無理だとわかり、挙句の果て、祖母の遺産をなんてどっから出てきたのか、
そんな話をするなんて。
このままじゃ、祖母のお金も母のお金も勝手に使われては報われない。
ってかこれから母がどれだけお金がかかるかもわからないし。
勝手に父の遊び金なんて一銭たりともないので、渡したくない。。
けど、ずっと前から、祖母は「遺言書を書かなきゃ」と言っていたのに、
見つからない。。。ってか・・・ない。。

ということは、通常、養子縁組をした父も実子となるので、父と母が半分半分の
遺産相続となります。。
う、、、悔しいけど、。。これはどうにもならない。

んで、父の味方する親戚みたいなおばさんが、私が全部なんでも仕切ってると思ってるらしく、「お父さんにも遺産あげなさいね」と言ってきたのですが・・・

「私は孫で祖母が残してくれたものを私がどうこう決めることは出来ません、
 残念ながら遺言書もないですしね。」

と言いました。当たり前ですよね。本当に頭の悪さにびっくりします。
祖母が亡くなったばかりで、そんなことよりももっと別のことでも色々大変なのに。。
遺産のことなんて落ち着いてからでも。。と思っていたのですが・・・・。

この頭の悪さを利用した、悪知恵が私に働いてしまいました。笑。

その手段とは・・・・・

父に、お金は、ぜーーーーんぶ渡すんです!!
author:me, category:ひとりごと。, 17:50
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祖母の話8
祖母の葬儀、初七日が終わって、父が押しかけてきて
不安があった納骨までの毎日の話です。

さて、これからどうなるのか・・・心配でした。
私が東京に帰れば、妹一人です。そんな中父が・・・とういう不安が大きかったんです。

そんなある日、いつものように母の見舞いに行ったんですが。
母がポツリ。
「あの家、(父が一人で住み、母の病院から徒歩5分の一軒家)置いといたら、
 税金もかかるし、私、払いきらないから、もういらんねぇ。
 お父さんも見舞いに来るわけでもないし、もういらん。」と一言。
その家は、実は母の家なんです。

母が、そう言い出したからと言って、どうすればいいのか・・・。
父に出て行けというと、またひと悶着。。なるべくかかわりたくないし・・・
なんて思っていました。

その話をした何日か後に、夫が東京から来てくれました。
夜、二人で飲みに行って、母が話したことを話したら夫は

「離婚させれば?」とあっさり一言。

今まで、夫はうちの身内のことには全くタッチしなかったのに、
いきなりの発言でびっくりしました。
今でもその頃を振り返って話すんですが、
「たぶん ばあちゃんが言わせたんだと思う」と言ってました。

でも、さーーて簡単に離婚させるといっても、どうすればいいのか、何をしたらいいのか・・で、離婚なんてさせられるものなのか・・・わかりません。
翌日から、私と妹は、いろんなところに走り回りました。

市政だよりに載ってた公認会計士の相談室、答えは・・・

「親を子供が離婚させるのは、残念ながら無理ですね。お母さんが離婚したいといっても、お父さんが離婚したくないと言えば、家庭裁判所でということになりますし、そうなると、時間もかかる。お母さんはお体が不自由かもしれないけど、裁判所には度々行かなくてはいけません。。」

私もそんなにしょっちゅう帰れないし・・・

「それと、おばあさんとの養子縁組の離縁の手続きに関してもですが、
 おばあちゃんは亡くなられたのですから、『意思がない』との判断になります。
 なので、お父さんに家庭裁判所に出向いてもらって、
 手続きをしてもらわなければいけません。」

とのこと。。。あはは・・・・。

うーん。。そして家庭裁判所にも相談に行きましたが、答えは一緒。。
で、弁護士にも相談に行きましたが、あっけなく冷たくあしらわれました。(一番対応が悪かった。。w)

うーーーー・・・どうずればぁぁぁぁ・・・

もう自分達で考えるしかないのです。

その間に、父の(お兄さん達は話がわかるんですが)わけのわからない、
親戚みたいなおばさんが、電話をかけてきて「お父さんにも遺産をあげてね」
と訳のわからないことを言ってきていました・・・泣。

author:me, category:ひとりごと。, 17:45
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祖母の話7
今日が祖母の命日です。
3年前の9月28日も、こんないいお天気でした。

葬儀、初七日が終わり、精進揚げみたいな(でも本当はなかったんですが)
料理を用意していたので、親戚のみんなといただきました。
ここでもひと悶着あったんですがw

あ。ちょっと役に立つ?こと。
そういえば、お茶出し係さん(女性2名)を
お通夜・葬儀で、葬儀屋さんにお願いしたんですが、
いらないことを喋る人ほど役に立ちません。泣。口だけ動かして体が動かない。
結構いいお金を取られるので、「この人ダメだな」と思ったら、
葬儀屋さんに直接伝えましょう。すぐ?他の人に代えてもらえます。

一応、何とか無事に、終わりました。
何が何だかよく覚えてなかったんですが、
こうやって書き込んでいくといろいろ思い出します。
ブログを日記帳代わりに使ってますね。どうせ誰も見ないし。。w

片付けも終わりばあちゃんちへ。。
そしたら、父も来ました。
「これからみんな仲良くやって○○(妹の名前)もここ一人じゃ寂しいだろうし。」

へ??今まで祖母の家になんて来たこともないくせに。。今更。。
「とにかく、今日は帰ってください。疲れてますから」というと、
怒鳴りだした父。。そんな声が出るのなら、そんな元気があるのなら、
葬儀の時のしきり、お参りに来ていただいた方への挨拶、喪主の挨拶やってくれればよかった・・・・いえ、なんでもないです。

で、とにかくみんな疲れてるし、なんだか怒鳴ってて収集つかない状態に
なってしまったので、近くに住んでる親戚のおじちゃんに来て説得してもらって、
父に帰ってもらいました。。
あ。今日は命日なのに嫌なことを思い出してしまいました。

えっと。じゃあ話を変えて。。
普通、仏教は49日なんですが、その宗教は28日で神様になります。
だからばあちゃんが家にいるのが仏様よりちょっと短いのが残念でした。
で、まだ家にいるある日、いつもだと蝋燭がゆらゆらしているのに、
その日の昼間は、全く動きません。何か話しかけても、ビクともしない・・・。
夜、妹がお参りしてて、ばあちゃんに話しかけました。
「今日のお昼、居なかったみたいだけど、どこに行ってたの?」と。
そしたら、蝋燭が四方八方に頭を下げる形で動いたそうです。
どうも、みんなに最後のご挨拶に行っていたようです。
祖母らしいなぁと思いました。笑。

では今日はこの辺で。今から祖母の写真の前に飾る花でも買ってきます。
author:me, category:ひとりごと。, 08:28
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祖母の話6
お通夜のお経が終わり、親戚達はお座敷へ。
祖母がやっていた宗教は、精進料理は関係なかったので、
普通にお寿司などを取りました。
ちょっと、寂しいなあと思ったんですが、祭壇と、座敷は別の部屋でした。
でも、逆にうるさい親戚は座敷で飲み食いしてる間に、ちょっと抜け出して
妹と私の友達が受付を遅い時間までやってくれていたので、一緒にビールを持ち出し、
祖母の近くでくつろげました。これも祖母が配慮してくれたのかなぁと思いました。

私達はお葬式なんて出したことないし、
まあとにかく、なんでも祖母任せで今までいたので、何が何なのかわかりません。
で、葬儀屋さんから、「明日の朝のご膳(祖母と食べる最後の膳)は、いくつ入りますか?」と言われました。うーん。
わからないけど、今、親戚みんな居るので、夫が
「明日、朝お膳食べる人は、今 手を上げてください。注文しないといけないので」
と言う問いに、全然耳も傾けないで、知らん顔してる奴に限って・・(失礼)
次の日、葬儀ギリギリにやってきて、「朝ごはん食べてないんだけど?用意してないわけ??」とゴネてくる。。泣。
急いで1個だけ持ってきてもらうえたからいいけど・・・。むかつきました。

どこにでも、わがままな親戚がいると思いますので、何でも多めの注文は不可欠ですね。

母は、夫の妹夫婦に病院から連れてきてもらいました。喪服も着せてもらって、
本当に助かりました。ありがたかったです。
夫は、昨夜、遅くまでかかって挨拶の文章を作ってくれていました。
えーーー・・・父が「出来ない」というので。。。


夫は、私と結婚したばかりの時に私の妹が亡くなった時も、喪主の挨拶をしました。
ええ。全くもって喪主ではないんですが・・・・汗。
本当に、ありがたいし、頼りになる夫です。

何だかんだありながら、葬儀は始まりました。
お経が終わって、祖母のお棺にお花を飾るとき、そこの宗教は、
お棺の上に傘と杖を置くんですが、夫が
「あーー。。これからばあちゃん旅に出るんやねぇ。。」と一言。
わかっちゃいるけど、言葉に出されるとこみ上げてくるものがありました。

そして、出棺。。といきなり父が号泣しました。やっと実感が湧いたろのかどうなのか・・・「これから、どうすればいいんやろう」って・・・え????

火葬場へ到着です。本当に祖母が亡くなって姿はなくなってしまうんです。
何もばあちゃん孝行は出来なかったし、わがままばっかりのホントアホな孫で
申し訳なかったなぁ。。。けど楽しかった、ありがとうございましたってことを思って、
こちらの世界、目に見えるばあちゃんにお別れをしました。

煙突からばあちゃんの煙が見たい!!と思って、妹と外に出たんですが、
今は煙とガスが出ないように、かなり高い温度で焼くんです。
と火葬場の人に言われました。なんだか、そっけないような。。

祖母の姿が変わっての対面。。本当にばあちゃん??実感が湧かないんですよねぇ。。
でも、祖母なんです。お骨を一人ずつ拾って、
つぼの中に入れそのツボ(ちっちゃいなばあちゃん)を
また葬儀場へ持ち帰り、初七日を執り行いました。
今はこれが一般的なようです。

明日が、祖母の命日です。

author:me, category:ひとりごと。, 17:42
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祖母の話5
祖母が亡くなった翌日、早朝、近くに住んでいる一人暮らしの親戚のおばちゃんが、
たくさんのおにぎりと、自家製の奈良漬を背中に抱いて持ってきてくれました。
「手伝いに来てくれた人たちにも食べてもらって!私は足も悪いし年とってるから」
と言って、また歩いて帰って行きました。本当にありがたかったです。

9時ごろから続々と、うるさい親戚が集まってきました。
「私たちはどうすればいいの?」「ごはんは?」「しっかりしなさい」
・・・・うるさい。。。
あ、だけど祖母はそんな中綺麗になっていきました。
死に水をとった後、女性のお化粧担当の方が来て綺麗にお化粧を付けてくれました。
私も昨日しょうもない化粧道具で化粧してたんですが、
断然プロがやった方が綺麗でした。

11時頃、主人の両親が来てくれました。
一番最初に言ってくれた言葉。
「2人ともよく頑張ったねぇ。えらかった。えらかった。」とお母さんが妹と私を抱き寄せてくれました。
別に誰にそんな言葉を言ってもらおうなんて思っていなかったけど、
本当に救われました。看病でちょっとへこたれてたとこもあったので。
大泣きしてしまいました。

うちの身内は文句ばかりの中、本当に頼れる人達が来てくれて
頼もしくもあり、勇気付けられました。

夕方からはお通夜です。
その準備も大変でした。自宅でもお骨を奥祭壇を飾らなくてはいけないし
お通夜の準備も・・・うるさいおば様達は「私達はどうすればいいの?」
(別に帰っていいのになぁ・・・)と思いつつ、まず自宅に戻りました。
みんなが居るなら、お弁当でも買っていくかな。と思い、20個近くの
弁当を買い、葬儀場へ戻ったら、夫のお母さんが
「ああ。もう、あのおばさん達は追い出したよ。
 特に何もしてもらわなくてもいいしね。」
と、帰らせてくれました。ありがたかったです。

まあ、でもそのおばさん達も、私は喪服を持ってこなかったので、
急いで買いにいったんですが、母の分、妹の分は用意してくれていて助かりました。

夕方、お通夜には、たくさんの方々に来ていただきました。
受付を私と妹の友達に頼んだんですが、
他の友達にも伝えてくれたみたいで、友達も来てもらいました。

んで、今まで祖母と交流なんて友達は一人を除いてほとんどなかったんですが、
祖母があまりにも綺麗なのでみんなに「見てみて!!」と自慢げにお棺の中の祖母に
ご対面させた私。。あはは。。でも本当に綺麗だったんです。

祖母と長く付き合いのある友達のおばちゃんが一言。
「おばあちゃんは、徳(良いことの修行)を積んできてるから、
 こんなに綺麗な顔をしてるんだよ。私が死んだときは、
 こんなに綺麗にいられるかなぁ。。。」とおっしゃってたそうです。

なんとなく、わかる気がしました。

私も死に顔だけでも、綺麗でいたいと思ったのでした。w
author:me, category:ひとりごと。, 15:54
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祖母の話4
祖母の最後を看取ることが出来なかった妹。
大変な看病をしてくれたのに、最後会えなかったのは、
本当に何だか申し訳ない気持ちだったんですが、
実は、既に妹は最後のお別れをしていたと言いました。

亡くなる朝、妹一人で病室に居た時、祖母が目を開けたそうです。
それで、妹はなんとなく感じていたそうで。。少しほっとしました。

それにしても、私は「死に目」に今まで遭遇したことがありませんでした。
祖父のときも、大人だけが病院に向ってましたし、
妹のときはあまりにも突然でしたし。。。

なので、こんなに穏やかで哀しいんだけど、
やっと、祖母が苦しみから解き放たれたと思ったら
なんだか幸福感さえ感じる変な感覚。
達成感さえ感じるこんな思いをしたのは、初めてでした。

そして、なんと言っても祖母がとっても綺麗で。。
亡くなる日の朝から肌が綺麗だと思ってたら、天国に行く準備をしてたらしいです。
母のところに17年、暑い日も寒い日も通っていた祖母は
日焼けはもちろん、シミ・しわもすごかったのに、
ぜーーーーーーんぶ無くなっちゃってたんです。
看護師さんが用意してくれたピンクの着物も良く似合ってます。
天国でもう一花咲かせそうですなぁ。。笑。

さて、これからが大変です。
今まで何でも頼りにしてきた祖母が亡くなってしまいました。
葬儀はどうしよう??家は狭いししっちゃかめっちゃかだし無理だ。。
どこにすれば?と困惑していると、
看護師さんが「提携している葬儀屋さんがあるから。」
と言われました。
だけど、そこは結構遠いところで、それに祖母はぎりのぎりまで
「家に帰る」と言ってた人です。なのでなるべく近いところ。。
「家の近くにも葬儀屋さんがあるんですがそこにお願いしたいんですけど」
と言ったら、なんと先生がタウンページを引っ張り出してきて
自らその葬儀屋さんの名前と電話番号を調べてくださいました。

葬儀屋さんが到着して、祖母を車に乗せてます。
母は今夜は葬儀場は無理なので部屋に妹が送りに行ってました。
それから、私たちは自分の車で葬儀場へ。
妹が「お母さん、全然大丈夫だったから良かった。さっき部屋に帰るとき
   「夕ご飯まだ食べてない」って言ってたし。」
よかった。母は母なりに自分がしっかりしなきゃと思って、
まずは腹ごしらえ!と思ったんでしょうね。笑。本当に安心しました。

葬儀場へ向う車の中で、父に連絡。。

「ばあちゃん、亡くなったよ。」
「なら、どうすればいいかいな?今お酒飲んでるから、運転は出来ないし、
  タクシーで行った方がいいかな??」

「・・・・どうぞご勝手に。」
ブチっ。 私って意地悪なんですよ。泣。
本当に情けない気持ち、いっぱいです。

で、結局親戚よりも、東京に居る夫よりも後に父が来たというのは、
情けなさ恥ずかしさをとっくの昔に、置いてきた感じでした。。

それにしても、葬儀って大変です。細かいことを
いちいち短時間で決めなくてはなりません。
祭壇、棺おけ、花、骨壷、料理、霊柩車、写真、などなど。。
動転してるし、疲れてるし・・・。
後で考えたら、知らない間にいい金額かかってるんですよね。
○ったくりじゃいかと、思ってます。
坊主丸儲けならぬ、葬儀屋○儲け。。
そうそう、祖母はある宗教に熱心だったので、
その宗教に葬儀をやってもらうとお願いしたので、
ちょっとイレギュラーな感じで○られたのかもしれませんが。。

この日は、そんな感じで夕方からバタバタと。。。
親戚も父も皆かえり、祖母と3人兄妹(笑)だけになって、ホッ一息。
お布団にまだ寝ているようにしか見えない祖母の姿を眺めながら、
ちょっと一杯やっちゃいました。
author:me, category:ひとりごと。, 17:56
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祖母の話3
病院の先生からあと2週間と言われた日から3週間は経ったある日、先生が「もういつ、亡くなるかはわかりません、生命力が強い方ですね。」と言われました。
が、だんだん、祖母の様態は悪くなっていきました。薬もどんどん強くなっていきます。

それがある日、体調のいい日がありました。亡くなる3日前です。
祖母の姉妹が朝からお見舞いに来ていました。
祖母は姉妹に「私もあと3日持つかどうかだねぇ」と話していたそうで、私に色々準備をしておきなさい。と言われても・・・。。

その夜、私が泊まり担当だったんですが、
祖母は「何か飲みたい」と言って辛いながら起きてくれました。それから、
この病室で看護師さんが私たちを撮ってくれた写真を見たり、
よく行っていた海浜公園の話をして「良くなったら行こうね」と話をしました。
5分くらいでしたがとても楽しかったです。
多分、先日泊まり担当の私が、祖母が何も反応してくれないので
「ばあちゃーん。暇。かまってぇ〜」
と言ってたの聞こえていたんでしょうね。気を使わせてしまいました。笑。

その後、先生が回診に来てその状況を話したら、「そんなことありえないんだけどねぇ。
もう体の中はほとんど動いていないんだから」と言っていました。
私は心の中で、(さすがばーちゃん!絶対良くなる!!)と思ったりしていました。

そして、亡くなる前日のことです。
昼間、私の父が来ました。えっと、母の夫です。(って当たり前か)
妹が、あまりにも父が来ないので見るに見かねて連絡をしたそうです。
私は、意地悪なので「知らせなくていい」と言ってました。
父はこの病院から歩いて5.6分の所に住んでいます。
定年退職もし、時間はたっぷりあります。

自分の奥さんのところに見舞いに来れば、母はいつも昼間、祖母のとこに来てるので、
病室には居ないわけだから、「おかしい」と普通思うわけで。。
看護師さんたちはみんなうちの事情知ってるし。。聞けば教えてくれるはず。絶対。
まあ、長年、母のところに来てないのがありありとわかるんですがね。
だから、私は意地悪なのであえて言いませんでした。妹にも口止めしてました。
祖母と父は折り合いが悪かったので、今更「祖母がもう長生きできない」と聞くと、
世間体を考えたり、いい人ぶるのは上手だったので、
張り切って看病するだろうと思ったので。
今更、踏み入れて欲しくなかったんです。あはは、、。

たぶん、妹は虫の知らせを感じ取ったのでしょう。父に知らせてくれました。
確かに、私も自分勝手でした。私は東京に住んでいます。
何かあればすぐに駆けつけますが、
何もなければ妹だけに母を任せるということになります。
今までも祖母の面倒もお願いしていましたし。
母もなんだかんだ言っても、父が来れば嬉しそうにしてました。
やはり、年をとれば夫婦が一番なのかも。。
妹も結婚したいと思っている人もいましたし、
私たちも母のことを蔑ろにするつもりはありませんが、
父にお願いしようと考えを改めました。。。が・・

父が「んじゃあ、明日も来るね」と言って帰った翌日。
(祖母が亡くなった日)来ませんでした。明日って翌日のことですよね??苦笑。
祖母が亡くなった日。(平成15年9月28日)

妹が夜付き添いをしてくれた朝、行ってみると
祖母はすごくタンが絡んでぜーぜー苦しそうでした。
妹曰く「タンを取る機械を使ったほうが、
 さらに苦しそうだったし 全然取れないしね」と言うこと。
んでも、苦しそう。。もしかしたら今度は取れるかもしれないから、
と思って看護師さんにタンを取る機械をお願いする。
止めればよかった。。祖母は全部の力を出し切ってその機械を外そうとした。
「まだこんなに力があったんだ」と思うほど。
それだけきつかったみたい。。ごめんなさい。
結局、全然取れず終了。

それにしても、今日の祖母の肌の綺麗なこと。。ツルツルン!
気持ちがいいので、ずっと触っていた。
今日も祖母の姉妹が見舞いに来ていた。もう話すことも出来ない。
妹が帰るので祖母の姉妹を送っていった。

昼から母と二人で祖母を看ていた。呼吸が苦しそう。。
看護師さんたちは今日が・・・というのを思っていたらしく、
休みだった先生が3時半頃、回診に来た。
「でもまだ大丈夫」と先生は言い残して病室を後にした。

4時30分頃、祖母の呼吸が更におかしくなった。
また、そんなときに私の友達からメールが入る。
「おばあちゃんのお見舞いに行きたいんだけど。」
その友達はよく気に掛けてくれる子で、
年賀状もいい加減な私より、祖母と交換していた。笑。
今、祖母が寝ている時に使っているタオルケットも彼女から貰ったもの。

でも、見舞ってもらえる状況じゃなかったので
「今無理、また連絡する」とだけ返した。

看護師さんたちがずっと就くようになった。呼吸が更におかしい。
そろそろ、夕方5時。病院の夕食が5時半だから、
母はそろそろ自分の病室の食堂に戻らなくてはいけない時間。。
連れて行かなきゃと思いつつも。。。

と思いつつ祖母を見た。。
なんと目を開けてくれた。。
「あ!!!!ばーちゃんが目を開けたよ。お母さん!!!見てぇ!!」
母を祖母に近づける。母に「目を開けたの見れた?」とたずねると
「うん」と言って「お母さーーーん」って祖母に向って叫んでいた。

私も、「ばあちゃん」と何度も呼んでいた。
これで、良くなる、治るんだ!なんて思って。。

でも、だんだん呼吸が遅くなってきた。。
ゆっくり。。
ゆっくり。。ゆっくり。。。

妹に連絡!!やばい。。ばあちゃんが!!でも、焦って車で来て事故に遭ったら大変!
「タクシーに乗って早くおいで!ばあちゃんが。。」と言うと、
妹は割かし少しだけ冷静に
「もう今、車で病院に向ってる途中だから車で来ていい?」って。
「じゃあとにかく気をつけて!」と言って電話を切った。

病室に戻ると、呼吸は更に更にゆっくりになっていた。。

そして・・・すーーーーっと、波が引いていくみたいに、
静かに静かにとても綺麗に祖母は息を引き取っていきました。
author:me, category:ひとりごと。, 14:05
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