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祖母の話7
今日が祖母の命日です。
3年前の9月28日も、こんないいお天気でした。

葬儀、初七日が終わり、精進揚げみたいな(でも本当はなかったんですが)
料理を用意していたので、親戚のみんなといただきました。
ここでもひと悶着あったんですがw

あ。ちょっと役に立つ?こと。
そういえば、お茶出し係さん(女性2名)を
お通夜・葬儀で、葬儀屋さんにお願いしたんですが、
いらないことを喋る人ほど役に立ちません。泣。口だけ動かして体が動かない。
結構いいお金を取られるので、「この人ダメだな」と思ったら、
葬儀屋さんに直接伝えましょう。すぐ?他の人に代えてもらえます。

一応、何とか無事に、終わりました。
何が何だかよく覚えてなかったんですが、
こうやって書き込んでいくといろいろ思い出します。
ブログを日記帳代わりに使ってますね。どうせ誰も見ないし。。w

片付けも終わりばあちゃんちへ。。
そしたら、父も来ました。
「これからみんな仲良くやって○○(妹の名前)もここ一人じゃ寂しいだろうし。」

へ??今まで祖母の家になんて来たこともないくせに。。今更。。
「とにかく、今日は帰ってください。疲れてますから」というと、
怒鳴りだした父。。そんな声が出るのなら、そんな元気があるのなら、
葬儀の時のしきり、お参りに来ていただいた方への挨拶、喪主の挨拶やってくれればよかった・・・・いえ、なんでもないです。

で、とにかくみんな疲れてるし、なんだか怒鳴ってて収集つかない状態に
なってしまったので、近くに住んでる親戚のおじちゃんに来て説得してもらって、
父に帰ってもらいました。。
あ。今日は命日なのに嫌なことを思い出してしまいました。

えっと。じゃあ話を変えて。。
普通、仏教は49日なんですが、その宗教は28日で神様になります。
だからばあちゃんが家にいるのが仏様よりちょっと短いのが残念でした。
で、まだ家にいるある日、いつもだと蝋燭がゆらゆらしているのに、
その日の昼間は、全く動きません。何か話しかけても、ビクともしない・・・。
夜、妹がお参りしてて、ばあちゃんに話しかけました。
「今日のお昼、居なかったみたいだけど、どこに行ってたの?」と。
そしたら、蝋燭が四方八方に頭を下げる形で動いたそうです。
どうも、みんなに最後のご挨拶に行っていたようです。
祖母らしいなぁと思いました。笑。

では今日はこの辺で。今から祖母の写真の前に飾る花でも買ってきます。
author:me, category:ひとりごと。, 08:28
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祖母の話6
お通夜のお経が終わり、親戚達はお座敷へ。
祖母がやっていた宗教は、精進料理は関係なかったので、
普通にお寿司などを取りました。
ちょっと、寂しいなあと思ったんですが、祭壇と、座敷は別の部屋でした。
でも、逆にうるさい親戚は座敷で飲み食いしてる間に、ちょっと抜け出して
妹と私の友達が受付を遅い時間までやってくれていたので、一緒にビールを持ち出し、
祖母の近くでくつろげました。これも祖母が配慮してくれたのかなぁと思いました。

私達はお葬式なんて出したことないし、
まあとにかく、なんでも祖母任せで今までいたので、何が何なのかわかりません。
で、葬儀屋さんから、「明日の朝のご膳(祖母と食べる最後の膳)は、いくつ入りますか?」と言われました。うーん。
わからないけど、今、親戚みんな居るので、夫が
「明日、朝お膳食べる人は、今 手を上げてください。注文しないといけないので」
と言う問いに、全然耳も傾けないで、知らん顔してる奴に限って・・(失礼)
次の日、葬儀ギリギリにやってきて、「朝ごはん食べてないんだけど?用意してないわけ??」とゴネてくる。。泣。
急いで1個だけ持ってきてもらうえたからいいけど・・・。むかつきました。

どこにでも、わがままな親戚がいると思いますので、何でも多めの注文は不可欠ですね。

母は、夫の妹夫婦に病院から連れてきてもらいました。喪服も着せてもらって、
本当に助かりました。ありがたかったです。
夫は、昨夜、遅くまでかかって挨拶の文章を作ってくれていました。
えーーー・・・父が「出来ない」というので。。。


夫は、私と結婚したばかりの時に私の妹が亡くなった時も、喪主の挨拶をしました。
ええ。全くもって喪主ではないんですが・・・・汗。
本当に、ありがたいし、頼りになる夫です。

何だかんだありながら、葬儀は始まりました。
お経が終わって、祖母のお棺にお花を飾るとき、そこの宗教は、
お棺の上に傘と杖を置くんですが、夫が
「あーー。。これからばあちゃん旅に出るんやねぇ。。」と一言。
わかっちゃいるけど、言葉に出されるとこみ上げてくるものがありました。

そして、出棺。。といきなり父が号泣しました。やっと実感が湧いたろのかどうなのか・・・「これから、どうすればいいんやろう」って・・・え????

火葬場へ到着です。本当に祖母が亡くなって姿はなくなってしまうんです。
何もばあちゃん孝行は出来なかったし、わがままばっかりのホントアホな孫で
申し訳なかったなぁ。。。けど楽しかった、ありがとうございましたってことを思って、
こちらの世界、目に見えるばあちゃんにお別れをしました。

煙突からばあちゃんの煙が見たい!!と思って、妹と外に出たんですが、
今は煙とガスが出ないように、かなり高い温度で焼くんです。
と火葬場の人に言われました。なんだか、そっけないような。。

祖母の姿が変わっての対面。。本当にばあちゃん??実感が湧かないんですよねぇ。。
でも、祖母なんです。お骨を一人ずつ拾って、
つぼの中に入れそのツボ(ちっちゃいなばあちゃん)を
また葬儀場へ持ち帰り、初七日を執り行いました。
今はこれが一般的なようです。

明日が、祖母の命日です。

author:me, category:ひとりごと。, 17:42
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祖母の話5
祖母が亡くなった翌日、早朝、近くに住んでいる一人暮らしの親戚のおばちゃんが、
たくさんのおにぎりと、自家製の奈良漬を背中に抱いて持ってきてくれました。
「手伝いに来てくれた人たちにも食べてもらって!私は足も悪いし年とってるから」
と言って、また歩いて帰って行きました。本当にありがたかったです。

9時ごろから続々と、うるさい親戚が集まってきました。
「私たちはどうすればいいの?」「ごはんは?」「しっかりしなさい」
・・・・うるさい。。。
あ、だけど祖母はそんな中綺麗になっていきました。
死に水をとった後、女性のお化粧担当の方が来て綺麗にお化粧を付けてくれました。
私も昨日しょうもない化粧道具で化粧してたんですが、
断然プロがやった方が綺麗でした。

11時頃、主人の両親が来てくれました。
一番最初に言ってくれた言葉。
「2人ともよく頑張ったねぇ。えらかった。えらかった。」とお母さんが妹と私を抱き寄せてくれました。
別に誰にそんな言葉を言ってもらおうなんて思っていなかったけど、
本当に救われました。看病でちょっとへこたれてたとこもあったので。
大泣きしてしまいました。

うちの身内は文句ばかりの中、本当に頼れる人達が来てくれて
頼もしくもあり、勇気付けられました。

夕方からはお通夜です。
その準備も大変でした。自宅でもお骨を奥祭壇を飾らなくてはいけないし
お通夜の準備も・・・うるさいおば様達は「私達はどうすればいいの?」
(別に帰っていいのになぁ・・・)と思いつつ、まず自宅に戻りました。
みんなが居るなら、お弁当でも買っていくかな。と思い、20個近くの
弁当を買い、葬儀場へ戻ったら、夫のお母さんが
「ああ。もう、あのおばさん達は追い出したよ。
 特に何もしてもらわなくてもいいしね。」
と、帰らせてくれました。ありがたかったです。

まあ、でもそのおばさん達も、私は喪服を持ってこなかったので、
急いで買いにいったんですが、母の分、妹の分は用意してくれていて助かりました。

夕方、お通夜には、たくさんの方々に来ていただきました。
受付を私と妹の友達に頼んだんですが、
他の友達にも伝えてくれたみたいで、友達も来てもらいました。

んで、今まで祖母と交流なんて友達は一人を除いてほとんどなかったんですが、
祖母があまりにも綺麗なのでみんなに「見てみて!!」と自慢げにお棺の中の祖母に
ご対面させた私。。あはは。。でも本当に綺麗だったんです。

祖母と長く付き合いのある友達のおばちゃんが一言。
「おばあちゃんは、徳(良いことの修行)を積んできてるから、
 こんなに綺麗な顔をしてるんだよ。私が死んだときは、
 こんなに綺麗にいられるかなぁ。。。」とおっしゃってたそうです。

なんとなく、わかる気がしました。

私も死に顔だけでも、綺麗でいたいと思ったのでした。w
author:me, category:ひとりごと。, 15:54
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祖母の話4
祖母の最後を看取ることが出来なかった妹。
大変な看病をしてくれたのに、最後会えなかったのは、
本当に何だか申し訳ない気持ちだったんですが、
実は、既に妹は最後のお別れをしていたと言いました。

亡くなる朝、妹一人で病室に居た時、祖母が目を開けたそうです。
それで、妹はなんとなく感じていたそうで。。少しほっとしました。

それにしても、私は「死に目」に今まで遭遇したことがありませんでした。
祖父のときも、大人だけが病院に向ってましたし、
妹のときはあまりにも突然でしたし。。。

なので、こんなに穏やかで哀しいんだけど、
やっと、祖母が苦しみから解き放たれたと思ったら
なんだか幸福感さえ感じる変な感覚。
達成感さえ感じるこんな思いをしたのは、初めてでした。

そして、なんと言っても祖母がとっても綺麗で。。
亡くなる日の朝から肌が綺麗だと思ってたら、天国に行く準備をしてたらしいです。
母のところに17年、暑い日も寒い日も通っていた祖母は
日焼けはもちろん、シミ・しわもすごかったのに、
ぜーーーーーーんぶ無くなっちゃってたんです。
看護師さんが用意してくれたピンクの着物も良く似合ってます。
天国でもう一花咲かせそうですなぁ。。笑。

さて、これからが大変です。
今まで何でも頼りにしてきた祖母が亡くなってしまいました。
葬儀はどうしよう??家は狭いししっちゃかめっちゃかだし無理だ。。
どこにすれば?と困惑していると、
看護師さんが「提携している葬儀屋さんがあるから。」
と言われました。
だけど、そこは結構遠いところで、それに祖母はぎりのぎりまで
「家に帰る」と言ってた人です。なのでなるべく近いところ。。
「家の近くにも葬儀屋さんがあるんですがそこにお願いしたいんですけど」
と言ったら、なんと先生がタウンページを引っ張り出してきて
自らその葬儀屋さんの名前と電話番号を調べてくださいました。

葬儀屋さんが到着して、祖母を車に乗せてます。
母は今夜は葬儀場は無理なので部屋に妹が送りに行ってました。
それから、私たちは自分の車で葬儀場へ。
妹が「お母さん、全然大丈夫だったから良かった。さっき部屋に帰るとき
   「夕ご飯まだ食べてない」って言ってたし。」
よかった。母は母なりに自分がしっかりしなきゃと思って、
まずは腹ごしらえ!と思ったんでしょうね。笑。本当に安心しました。

葬儀場へ向う車の中で、父に連絡。。

「ばあちゃん、亡くなったよ。」
「なら、どうすればいいかいな?今お酒飲んでるから、運転は出来ないし、
  タクシーで行った方がいいかな??」

「・・・・どうぞご勝手に。」
ブチっ。 私って意地悪なんですよ。泣。
本当に情けない気持ち、いっぱいです。

で、結局親戚よりも、東京に居る夫よりも後に父が来たというのは、
情けなさ恥ずかしさをとっくの昔に、置いてきた感じでした。。

それにしても、葬儀って大変です。細かいことを
いちいち短時間で決めなくてはなりません。
祭壇、棺おけ、花、骨壷、料理、霊柩車、写真、などなど。。
動転してるし、疲れてるし・・・。
後で考えたら、知らない間にいい金額かかってるんですよね。
○ったくりじゃいかと、思ってます。
坊主丸儲けならぬ、葬儀屋○儲け。。
そうそう、祖母はある宗教に熱心だったので、
その宗教に葬儀をやってもらうとお願いしたので、
ちょっとイレギュラーな感じで○られたのかもしれませんが。。

この日は、そんな感じで夕方からバタバタと。。。
親戚も父も皆かえり、祖母と3人兄妹(笑)だけになって、ホッ一息。
お布団にまだ寝ているようにしか見えない祖母の姿を眺めながら、
ちょっと一杯やっちゃいました。
author:me, category:ひとりごと。, 17:56
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祖母の話3
病院の先生からあと2週間と言われた日から3週間は経ったある日、先生が「もういつ、亡くなるかはわかりません、生命力が強い方ですね。」と言われました。
が、だんだん、祖母の様態は悪くなっていきました。薬もどんどん強くなっていきます。

それがある日、体調のいい日がありました。亡くなる3日前です。
祖母の姉妹が朝からお見舞いに来ていました。
祖母は姉妹に「私もあと3日持つかどうかだねぇ」と話していたそうで、私に色々準備をしておきなさい。と言われても・・・。。

その夜、私が泊まり担当だったんですが、
祖母は「何か飲みたい」と言って辛いながら起きてくれました。それから、
この病室で看護師さんが私たちを撮ってくれた写真を見たり、
よく行っていた海浜公園の話をして「良くなったら行こうね」と話をしました。
5分くらいでしたがとても楽しかったです。
多分、先日泊まり担当の私が、祖母が何も反応してくれないので
「ばあちゃーん。暇。かまってぇ〜」
と言ってたの聞こえていたんでしょうね。気を使わせてしまいました。笑。

その後、先生が回診に来てその状況を話したら、「そんなことありえないんだけどねぇ。
もう体の中はほとんど動いていないんだから」と言っていました。
私は心の中で、(さすがばーちゃん!絶対良くなる!!)と思ったりしていました。

そして、亡くなる前日のことです。
昼間、私の父が来ました。えっと、母の夫です。(って当たり前か)
妹が、あまりにも父が来ないので見るに見かねて連絡をしたそうです。
私は、意地悪なので「知らせなくていい」と言ってました。
父はこの病院から歩いて5.6分の所に住んでいます。
定年退職もし、時間はたっぷりあります。

自分の奥さんのところに見舞いに来れば、母はいつも昼間、祖母のとこに来てるので、
病室には居ないわけだから、「おかしい」と普通思うわけで。。
看護師さんたちはみんなうちの事情知ってるし。。聞けば教えてくれるはず。絶対。
まあ、長年、母のところに来てないのがありありとわかるんですがね。
だから、私は意地悪なのであえて言いませんでした。妹にも口止めしてました。
祖母と父は折り合いが悪かったので、今更「祖母がもう長生きできない」と聞くと、
世間体を考えたり、いい人ぶるのは上手だったので、
張り切って看病するだろうと思ったので。
今更、踏み入れて欲しくなかったんです。あはは、、。

たぶん、妹は虫の知らせを感じ取ったのでしょう。父に知らせてくれました。
確かに、私も自分勝手でした。私は東京に住んでいます。
何かあればすぐに駆けつけますが、
何もなければ妹だけに母を任せるということになります。
今までも祖母の面倒もお願いしていましたし。
母もなんだかんだ言っても、父が来れば嬉しそうにしてました。
やはり、年をとれば夫婦が一番なのかも。。
妹も結婚したいと思っている人もいましたし、
私たちも母のことを蔑ろにするつもりはありませんが、
父にお願いしようと考えを改めました。。。が・・

父が「んじゃあ、明日も来るね」と言って帰った翌日。
(祖母が亡くなった日)来ませんでした。明日って翌日のことですよね??苦笑。
祖母が亡くなった日。(平成15年9月28日)

妹が夜付き添いをしてくれた朝、行ってみると
祖母はすごくタンが絡んでぜーぜー苦しそうでした。
妹曰く「タンを取る機械を使ったほうが、
 さらに苦しそうだったし 全然取れないしね」と言うこと。
んでも、苦しそう。。もしかしたら今度は取れるかもしれないから、
と思って看護師さんにタンを取る機械をお願いする。
止めればよかった。。祖母は全部の力を出し切ってその機械を外そうとした。
「まだこんなに力があったんだ」と思うほど。
それだけきつかったみたい。。ごめんなさい。
結局、全然取れず終了。

それにしても、今日の祖母の肌の綺麗なこと。。ツルツルン!
気持ちがいいので、ずっと触っていた。
今日も祖母の姉妹が見舞いに来ていた。もう話すことも出来ない。
妹が帰るので祖母の姉妹を送っていった。

昼から母と二人で祖母を看ていた。呼吸が苦しそう。。
看護師さんたちは今日が・・・というのを思っていたらしく、
休みだった先生が3時半頃、回診に来た。
「でもまだ大丈夫」と先生は言い残して病室を後にした。

4時30分頃、祖母の呼吸が更におかしくなった。
また、そんなときに私の友達からメールが入る。
「おばあちゃんのお見舞いに行きたいんだけど。」
その友達はよく気に掛けてくれる子で、
年賀状もいい加減な私より、祖母と交換していた。笑。
今、祖母が寝ている時に使っているタオルケットも彼女から貰ったもの。

でも、見舞ってもらえる状況じゃなかったので
「今無理、また連絡する」とだけ返した。

看護師さんたちがずっと就くようになった。呼吸が更におかしい。
そろそろ、夕方5時。病院の夕食が5時半だから、
母はそろそろ自分の病室の食堂に戻らなくてはいけない時間。。
連れて行かなきゃと思いつつも。。。

と思いつつ祖母を見た。。
なんと目を開けてくれた。。
「あ!!!!ばーちゃんが目を開けたよ。お母さん!!!見てぇ!!」
母を祖母に近づける。母に「目を開けたの見れた?」とたずねると
「うん」と言って「お母さーーーん」って祖母に向って叫んでいた。

私も、「ばあちゃん」と何度も呼んでいた。
これで、良くなる、治るんだ!なんて思って。。

でも、だんだん呼吸が遅くなってきた。。
ゆっくり。。
ゆっくり。。ゆっくり。。。

妹に連絡!!やばい。。ばあちゃんが!!でも、焦って車で来て事故に遭ったら大変!
「タクシーに乗って早くおいで!ばあちゃんが。。」と言うと、
妹は割かし少しだけ冷静に
「もう今、車で病院に向ってる途中だから車で来ていい?」って。
「じゃあとにかく気をつけて!」と言って電話を切った。

病室に戻ると、呼吸は更に更にゆっくりになっていた。。

そして・・・すーーーーっと、波が引いていくみたいに、
静かに静かにとても綺麗に祖母は息を引き取っていきました。
author:me, category:ひとりごと。, 14:05
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祖母の話2
昨日は、面白思い出話になってしまったので、
今日は、祖母が亡くなるまでの話を書き留めておきたいと思います。

祖母が亡くなる年の初めに、癌が急激に進行しているということがわかりました。
、お盆に会ったときはちょっと痩せたかな?」と思う程度でしたが、
結構病気は進んでいるようでした。

祖母は、とにかく食べることが大好きです。私たちよりもよく食べる人でした。
また、面白かった話。。
食事に行ったときに、祖母は、
「あ〜あ。。そんなにお腹すいてないけどねぇ。んじゃあ天丼で!」

夫と二人で「天丼かよ!!!」とツっ込んだもんでした。笑。

その祖母の誕生日8月10日。私は夫より先にお盆帰省をしていたので、
「じゃあ、3人(祖母・妹・私)で、どこかに行こう!!」んで、どこに?
と思っていたら、祖母が「お墓参りしたい。」と言い出しました。
お墓は長崎県にあるんですが、まあ高速で2時間半くらい。
んじゃあ行ってみよう!!ということになりました。
うちのお墓は高台のところにあり、オーシャンビューのとっても景色がいいところに
あるのですが・・・・。
そのお墓までは車が通れず、そしてすごいキツイ坂なんです。
大丈夫かなぁと思っていたんですが、なんとか頑張って登ってくれました。

「もうお墓参りできるなんて思ってなかった。嬉しい。」と祖母が一言。
またいつでも来れるよ!と思っていたんですが、
結局この日が祖母にとってお墓参り最後となりました。

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author:me, category:ひとりごと。, 15:23
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祖母の命日
今月28日は祖母の3年目の命日です。
去年3回忌だったので、今年は特に何もないのですが。

今年のお盆、妹と祖母の亡くなったのはいつだったかという話になり、
「祖母が亡くなったのは一昨年じゃない?」と妹。
「そんなわけないよ。去年は家を建て直す為に必死で家の中みんなで片付けて、
 初盆が一昨年なんだから、3年前よ!」と私。。

結局、二人で考えて、私の3年前という方が正しかったんですが、
この二人の会話を祖母は聞いて、「本当にこの子らは、ダメだ」と思っただろうと。笑。
祖母は、誰がいつ亡くなったとか、結婚したとか全部ノートに書き留めていて、
家族、親戚はもちろん友人までも「今年の○月○日は誰々さんの○回忌だから」
とか、ばっちり覚えていました。 
その祖母にして・・・この孫のだらしなさ。
我ながら、お恥ずかしい限りです。苦笑。

祖母の亡くなった当時のことを振り返ってみました。
祖母は、元々子宮がんで、何年も前から病院にかかっていました。
年齢が80ということもあり、負担が大きい手術ではなく、放射線治療を
1年に1回ほど、入院してやっていました。
癌は年取ってるほど、進行が遅いと聞いていましたし、医者も祖母に直接「癌です」と
告知していたので、(ちょっとヒドイと思うけど。。)
治らないにしても、そんなにひどくはならないだろうと思っていました。

ところが、亡くなる年の初め、私も祖母が心配で実家に帰って一緒に病院に行ったんですが、私だけ医者に呼ばれてマーカー腫瘍検査で、数値が上がっていると伝えられました。
「上がるって年齢も年齢だから、こんなに急激っておかしくないですか?」と
絶対誤診だ!!と思って医者に食って掛かっていったんですが。。本当のようで。。
でも、まだ祖母には自覚症状がありませんでしたし。絶対治るし。。と信じてました。

祖母は本当に尊敬、誇りに思える人です。
私の母親(祖母からすると娘)は、私が中学1年のときから、くも膜下出血で半身不随の為今現在も入院しているんですが、亡くなるまでほぼ毎日私の母親のところに、通っていました。バス停から遠いし、坂はキツイ。猛暑の日も雪の日も。。
言うのは簡単ですが、17年もの長い間、祖母は通い続けました。
その間に、私たち孫の世話も全部。
本当に、自分の時間なんてなかったと思います。

祖母はとても世話好きでした。
困っている人がいると助けてあげたいという気持ちが強い人でしたが、
ちょっと「それおもしろくない?」って話が合ったので、書きますね。

ある日、祖母は電車である駅に降りたそうです。
今とは違って定期券は機械に通さず 「切符切りのおばちゃん」
に見せるだけというものだったんですが、
そのおばちゃんに女子高生が怒鳴られてたそうです。
その子は定期を改ざんして日付を書き足してたのがバレちゃったそうで。。
でも、みんながたくさんいるところで怒鳴っていたおばちゃんに
祖母が腹が立ったそうで、

「事務所の中で、話せば済むことでしょう?みんなが居る前で怒鳴るのは止めなさい!」

というと、その切符おばちゃんは

「あんたには関係ない!!!黙っていてください!」

で、それで祖母はさらに頭にきたらしく・・・

「関係ある!!!私にも3人の孫がいる!」

・・・・・?それって関係なくない??

その話を私に涙ぐみながら、話してくれてました。
結局、その女子高生を付き添ってあげて、大きな駅(定期を改ざんした罪を処理をするところ)に一緒に行き「警察と学校だけには言わないであげてください」と頭を下げてきたそうです。。 恐るべし。。

あと、いきなり祖母から、「病院に運ばれたから、迎えに来て。」と電話が。。
何があったのか急いで病院に行ってみたら、
駅の階段で、子供がフラっとなって落ちそうになったから
助けようと思って、子供の手を引っ張ったら、
自分がバランス崩して、落ちちゃった。と。
「駅員さんが担架持ってきてくれて、「恥ずかしいし大丈夫だから、いいです」
 っていうのに乗せてくれてねぇ。。んで、老人手帳見せたら「え?そんなにお年なんで すか?見えませんね。お若い!」なーんて言われちゃってねぇ。」



ん??自慢話がしたかっただけ??笑。
まあ、そんなにひどい怪我ではなかったから良かったけど、
本当に、人助けが大好きな祖母でしょ?笑。

あ。祖母が亡くなる時の話を書き留めておこうと思ったのに。。
またそれは、別のお話にします。






author:me, category:ひとりごと。, 19:39
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縁側っていいにゃん♪
まだ、暑くて縁側を利用していなかった私達。
今朝、レースのカーテンから縁側を覗くと、なにやら物体が・・・。

そうです。お腹の大きな猫さんがくつろいでました。笑。

うちの近所の野良猫は、おば様たち曰く、みんなで共同でお金を出し合って、
虚勢手術をしているそうなんですが、その子はまだだったみたいです。。

うちに住み着かないことを願う。悲しい


author:me, category:ひとりごと。, 12:40
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キッチン完成♪
完成写真をUPしていなかったので。。

UPします。今は冷蔵庫だの何だのが入っちゃってますが、
まだこの時は広々でした。笑。


author:me, category:インテリア, 12:14
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今は、大変なことになってますが・・・
2階の洋室です。

まだ、引っ越す前に、壊れそうなものだけ運んだときの写真です。

今ではダンボールがまだゴロゴロ。。泣。

あ!窓枠は今水色のペンキで塗っています。
ま、カーテンでほとんど見えませんが・・・。


author:me, category:家購入, 12:10
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